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大分地方裁判所 昭和51年(行ウ)4号 判決

原告 荒金和子

被告 別府市

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対し昭和四八年九月一三日別紙物件目録(一)記載の土地についてなした仮換地指定処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件従前の土地または一〇三四番二、一三八四番の土地という。)の所有者である。

2  被告は別府国際観光温泉文化都市建設計画石垣第二土地区画整理事業(以下本件土地区画整理事業という。)の施行者である。

3  被告は原告に対し昭和四八年九月一三日本件従前の土地について別紙物件目録(二)記載の土地を仮換地と指定する処分(以下本件仮換地指定処分という。)をなした。

4  しかるに本件仮換地指定処分は次のとおり違法なものであるから取消さるべきである。

(一) 本件仮換地指定処分は換地計画を定めずになされたものである。

(二) ところで土地区画整理法(以下法と略称する。)九八条一項は土地区画整理事業施行者がなしうる仮換地指定処分として次の二種類を定めている。すなわち第一は同項前段に定める土地の区画形質の変更もしくは公共施設の新設、変更の工事を施行するために必要がある場合であり、指定された仮換地は将来被指定者の換地となるべきものではなく単に工事施行のため一時従前の土地の使用収益を停止するかわりにこれに照応する他の土地を仮に使用収益させるにすぎないものとされ一時利用地的仮換地指定処分と呼ばれるものである。この仮換地指定の場合換地計画の策定なくなされうるものであることは原告も争わない。

第二は同項後段に定める換地計画に基づき換地処分を行なうために必要がある場合であり、この場合に指定される仮換地は、将来そのまま換地となることが予定され、換地計画の存在を前提とするから、換地予定地的仮換地指定処分と呼ばれるものである。したがつて、当該仮換地が前段と後段のいずれによつて指定されたものであるかは、指定された仮換地が一時利用地的であるか換地予定地的であるかという仮換地の性質如何によつて決められるものであり、ただ単に、工事の必要のためか、換地処分を行なう必要のためかという、仮換地指定の目的のみによつて決せられるものではない。

ところで、本件仮換地は、将来換地となることが予定されている仮換地である。このことは、つぎの事実によつて明らかである。

(1) 本件仮換地指定通知に際し被告が原告に交付した「仮換地及び耕作上の諸問題について」と題する書面には、「仮換地とは仮換地を受けた土地を登記するまでには確定測量等各種の調査が必要であるため、登記完了までの措置であります。」と記載されている。

(2) 本件仮換地のうち八四―一街区には、三四二・〇〇平方メートルのうち使用不能個所が二〇一・二〇平方メートルも存在する。

(3) 被告は、本件仮換地指定段階において、換地計算書を作成し清算計算までしている。

(4) 被告が従来から行つて来た土地区画整理事業においては、仮換地がおおむねそのまま換地に指定されている。

そうすると、本件仮換地指定処分は、将来換地となることが予定されている土地を仮換地と指定したものであり、前記後段の指定に該当するものであるが、被告は、仮換地指定案を作成し土地区画整理審議会の承認を得たのみで、換地計画の策定をなさずに本件仮換地指定処分をしたものであるから、右処分は違法であつて取消されるべきである。

(三) 被告は、本件仮換地指定処分は工事のため必要があつたから前段の仮換地としてなされたものであると主張するが、たとえそのような必要があつたとしても、工事のため必要があることと換地処分をするため必要があることは論理的排斥関係にあるものではなく、工事のため必要であり、かつ、将来の換地予定地として指定される仮換地もあるのであつて、その場合には、工事の必要があるという一事で前段の仮換地指定処分をすることが許されるものではなく、換地計画を定めたうえで後段の仮換地指定処分がなされなければならない。すなわち、右二種類の仮換地指定処分の相違は換地計画の有無にあるところ、換地計画の決定は関係権利者の変動された具体的権利義務の内容を確定するものであつて、そのため換地計画決定前に換地計画の公衆による縦覧、縦覧開始日の公告、利害関係人の意見提出権等関係者の権利保護の規定がおかれており、右いずれの仮換地指定処分にあたるかにより当該関係者の処分に対する意見提出の機会の有無が決せられるのである。けだし仮換地指定処分は不利益処分であつて従前の土地についての関係権利者は原則として右処分に対し何らかの手続的保障が与えらるべきであるが、一時利用地的仮換地指定処分の場合は工事のための一時的処分であるから法律上例外的に右のような保障を要しないものとされているのである。したがつて、将来換地となることが予定されている場合に、工事の必要を理由として前段の仮換地指定をすることが許されるとすれば、右のような手続的保障なしに実質上後段の仮換地指定をすることが許されることになり、この場合将来換地計画が定められる段階でこれに対し手続的保障があるとしても、その時には仮換地指定をすべて終り、工事も既に完了しているのであるから、このような既成事実が積上げられたのちにあつては、右手続的保障の意味は存在しない。

以上のとおり、たとえ本件仮換地指定処分について工事のための必要があつたとしても、前記のとおり本件仮換地が将来換地となることが予定されているものである以上、後段の仮換地指定処分をすることが許されるにすぎないのであるから、換地計画を定めることなくなされた本件仮換地指定処分が違法であることに変りはない。

5  よつて原告は被告に対し本件仮換地指定処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認める。同4のうち(一)の事実は認めるが、(二)、(三)の主張は争う。

三  被告の主張

本件仮換地指定処分は法九八条一項前段にもとづくものであるから換地計画を定めずになされても違法とはいえない。

(一)  すなわち法九八条一項は施行者が仮換地指定処分をすることができる場合として(1)土地の区画形質の変更若しくは公共施設の新設変更にかかる工事を施行するため必要がある場合(同項前段)(2)換地計画に基づき換地処分を行うために必要がある場合(同項後段)の二つの場合を規定しているが、右(1)の場合は換地処分を行なう前に工事のため一時的に使用収益権を他に移す必要のある場合すなわち一時利用的な意味で指定する場合であり、右(2)の場合は換地計画が既に策定されているが、換地処分を行なうにはまだ準備不十分であつて換地計画に定められた換地を一応仮換地として指定しておく必要がある場合すなわち換地予定地的な意味で指定する場合である。

そして同項前段の仮換地指定処分をなしうるための要件について他に特別の定めがあるとは認められないから施行者は土地区画整理の工事のため必要がある以上換地計画があると否とを問わず、また換地計画を定めることが特に困難な事情があると否とに拘らず同項前段の仮換地指定処分をすることができる。

(二)  そこで本件仮換地指定処分についていえば、本事業計画は都市計画街路を幹線道路として商店及び住宅の建設に適するように縦横の区画街路あるいは用水路を新設し、かつ公園を配して市街地を造成しようとするものであつて、本件従前の土地が存在する吉弘地区には昭和四八年度事業としては区画街路八二号線、八三号線の造成新設が計画されているところ右八二、八三号線の区画街路予定地はいずれも本件従前の土地内にあつて施行者である被告が右各街路を造成するためには本件従前の土地の使用収益権能を他に移すために仮換地を指定する必要がある。

したがつて本件仮換地指定処分は同項前段の仮換地指定処分であること明らかである。

(三)  よつて本件仮換地指定処分は適法である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし3記載の事実及び本件仮換地指定処分が換地計画を定めずになされたものであることは当事者間に争いがない。

二  原告は、本件仮換地指定処分が換地計画の策定なくして本件従前の土地についてなされたことを違法であると主張するので以下この点につき判断する。

ところで法九八条一項によれば、仮換地を指定することができる場合として(1)土地の区画形質の変更若しくは公共施設の新設若しくは変更にかかる工事のため必要がある場合(同項前段)と(2)換地計画に基づき換地処分を行うため必要がある場合(同項後段)が規定されている。右規定の文言及び法が前段と後段の仮換地指定処分を区別している趣旨からすると、前後の仮換地指定処分は、土地の区画形質の変更又は公共施設の新設若しくは変更の工事をするため従前の土地の使用収益を停止させ、その代りに右土地に照応する他の土地を仮に使用収益させる処分であり、工事の円滑な進行をはかることを目的としているが、他方後段の仮換地指定処分は換地計画が策定されてはいるが工事が完了していないなどの事情により換地処分をすることができない場合に将来換地となることが予定されている土地を指定するものであつて、仮に使用収益させることにより関係権利者の権利関係を早期に安定させることを目的としており、したがつて、前段の仮換地指定処分をするには必ずしも換地計画を定める必要はなく、工事のため必要性が認められれば足りるが、後段の仮換地指定処分をするためには、換地計画が定められていることが前提条件となつているのである。右のとおり、施行者は、前段所定の工事のため必要がある場合には、換地計画が定められていない段階にあつても、仮換地指定処分をすることができるものであるから、本件仮換地指定処分にこのような必要が存在したか否かを検討すると、成立に争いのない乙第二号証の一ないし三、第三、四号証、証人外山健一の証言によると、次の事実が認められる。すなわち

本件土地区画整理事業の施行区域は別府市の境川、春木川の両河川、国鉄日豊本線、都市計画街路朝見北石垣線に囲まれた約五〇万六〇〇〇坪の区域であつて、そのうち本件従前の土地が存在する吉弘地区については昭和四六年頃計画街路八二、八三号線が新設されることとなり、八二号線は一〇三四番二の、八三号線は一三八四番の土地の各一部をそれぞれ通過することとなつたため、本件従前の土地は、いずれも道路設置工事の対象となつた。

以上のように認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。そうすると、本件従前の土地については、いずれも道路新設工事のため土地の使用収益権能を他に移す必要があつたと認められるから、本件仮換地指定処分は、前段の要件に合致するものといわなければならない。

三  原告は、本件仮換地指定処分は後段の仮換地指定処分としてなされたものであると強調し、その根拠として、本件仮換地がいずれも将来換地となることが予定されているものであることを指摘する。そこで、この点について検討するに、成立に争いのない甲第一号証の一ないし五、第二号証、証人外山健一、同荒金喜久蔵の各証言によれば、請求原因4(二)(1)ないし(4)記載の事実を認定することができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。右事実は、いずれも本件仮換地が将来換地となるように予想されていることの徴憑であると解することができる。しかし、法九八条二項によれば、前記前段の仮換地指定処分をする場合にも、法によつて定められている換地計画の基準を考慮してなされなければならないものと定められているうえ、前段の仮換地指定処分の場合に将来当該仮換地が換地となることを予想して指定することはさまたげられるものではないから、前記のような事情があるからといつて、それだけで本件仮換地指定処分が後段の仮換地指定処分としてなされたものと認めるべきことになるものではない。

四  もつとも、原告は、工事のため必要がある場合にも、将来換地となることが予定されている仮換地を指定する場合には、換地計画を定めたうえ後段の仮換地指定処分をなすべきであるとも主張するのでこの点について検討すると、たしかに、利害関係者の権利保障を考慮した場合には、将来換地となることが予想されている土地を仮換地として指定するときは後段の仮換地指定によることが望ましいものであることは論を待たないが、法九八条一項の文理上原告主張のように解さなければならない根拠はないのであつて、これを実質的にみても、法が前段の仮換地指定処分を許容している趣旨は、換地計画には法八七条等所定のような事項を決定する必要があり、しかも法八六条一、二項により施行地区又は工区ごとに全体的に定める必要があり、これに関する法八八条所定の手続を経なければならないのであつて、それ自体相当期間を要するうえ、いつたん換地計画が定められたとしても、その後換地処分までには相当長期間が必要となる場合があり、その間に事業計画自体、土地所有者等の権利者又は清算金額等に複数回の変更が生じ、換地計画をその都度変更する必要があることが予想されうることなどから、事業の進捗が遅れ、手続を極端に複数化するなどの好ましくない結果が生じないようにするため、前記のように工事の必要を要件とし、換地計画の基準を考慮し、土地区画整理審議会等の意見を聞き(法九八条三項)、最終的には換地計画が定められる段階で利害関係者に意見を述べる機会を与えるなどの実質的、手続的な保障を前提として、本件のような仮換地指定処分を許容しているものと解されるのである。したがつて、右のような要件、基準、手続等に瑕疵がある場合に当該仮換地指定処分の違法問題が生ずることがあるのは格別、工事の必要がある以上、換地計画を定めずに将来換地となることが予想される土地を前段の仮換地として指定したとしても、それだけで仮換地指定処分が違法であると解することはできないのである。

かかる観点からすれば、原告主張の請求原因4(二)(2)の事実が認められるところ、仮に、それが仮換地としての使用目的を全く達しえないような実質的不利益をともなうものであるとすれば、法的にも前段の仮換地手続の違法を主張してこれに対する救済を求めることができるのであるから、あえて右認定の事実関係を後段の仮換地の一徴憑と捉えたうえ、後段の換地計画の不存在にまで還元してその違法を争う論理的必然性はもとよりのこと実質上の不利益救済の緊急性、必要性も見出し難いところである。

したがつて、本件仮換地指定処分には原告の主張するような違法はなく適法のものというべきである。

五  よつて原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田畑豊 加藤英継 石原敬子)

(別紙)物件目録(一)、(二)〈省略〉

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